エホバの証人には「忌避」という教理があります。この忌避という教理が脱会者のメンタルに悪影響を及ぼすことが知られています。その背景にはどのようなものがあり、どのような影響があるのでしょうか?
目次
メンタルに悪影響のあるそもそも「忌避」とは何なのか?
教団の出版物による説明はどうなっているのか?
教団は、排斥者・断絶者に対して「忌避」という制裁をするように指導します。具体的には、会話をせず、目を合わせないなど、一切の関わりを断ちます。教団出版物「自分を神の愛のうちに保ちなさい」では、「わたしたちは、排斥された人とは霊的な交わりも親睦の交わりも持ちません」「簡単な挨拶もしない」「徹底的に避けることは本当に必要か。そのとおりです」と表記しています。教団は、忌避を排斥者・断絶者に対する愛ある懲らしめであるとも説明しており、極めて厳しい制裁の理由付けを「愛」とすることで信者を納得させます。また、悔い改めるならば組織に復帰させても良いというのです。
家族が排斥された場合に忌避はどうなるのでしょうか?これは同居しているかしていないかで取り扱いが異なります。まず同居家族については、教団出版物「自分を神の愛のうちに保ちなさい」によれば、「排斥されても家族の結びつきは断たれないので,家族としての日々の通常の活動や関係は続いてゆくでしょう」と記載されており、同居の場合には特に措置がないようにも見えます。一方、同居でない場合には「家族としての必要な事柄を顧みるために限られた範囲で接しなければならないことがまれにあるとしても,そうした接触は最小限にとどめるべきです」と記載され事実上縁を切るように指導されています。
なお、一般にはわかりにくいものの、不活発(別項)と排斥・断絶の取り扱いは大きく異なります。教団は、不活発な信者(「霊的に弱っている」と表現される)とは交流を禁じていませんし、長老が不活発な信者を訪問するなど復帰を促します。そのため、不活発な信者は村八分されませんし、不活発な信者を励ますような教団文書も存在します1。
最新の教えはどうなっているのか?
これは2021年に開催された大会なのですが、エホバの証人の組織に否定的な情報の背後にはサタンがいると言い切っている様子が分かります。組織批判はNGの項でも説明している通り、統治体を批判する人は全てサタン・背教者と呼ばれ、排斥の上忌避されます。
現実的にはどうなっているのか?
では現実はどうでしょうか?教団内での運用はさらに徹底されてます。信者も人間であるため、排斥者・断絶者を見かければ人間として声をかけたくなる者もいます。しかし、このような場面でも「忠節が試みられる」「信仰が試される」として絶対に声をかけないように指導され、家族でない信者との忌避は徹底されています。
家族間での忌避については、排斥後、母に帰省することを拒まれ14年間に会えていない者もいます(会衆の長老が排斥された娘との交流を慎むように告げた、という)2。また、母からの絶縁宣言がされた息子がいるとの証言もあります3。出版物で示された教理を、実際に長老などの指導的な立場にある者が口頭で指導することにより運用を徹底している様子がここにも存在します。
第三者視点での分析は?
第三者的視点での分析もあります。龍谷大学教授の猪瀬優里氏によれば「脱会したエホバの証人は、たとえ親きょうだいであっても、「背教者」として認識され、話をすることも否定される。この特徴は、信者が教団から離れることを困難にする4。」「(教団の特徴について)「教団から離れたら不幸になる」などの脅迫を含む教理や、「脱会者との会話の禁止」などの教団側から関係を断つ組織的構造にこの特徴をみる。このような特徴を持った教団の場合、信者が離脱の意志を持っても、教理への恐怖や人間関係を失う恐れなどから簡単には「脱会」できないのである」5。つまり、忌避という教理が脱会を妨げると分析しているのです。
各国の取り扱いは?
忌避の取り扱いに関して、他国の状況ではあるが、2022年12月、ノルウェーは、「忌避」という教理がこのような人道的な問題を生じることを理由にエホバの証人の宗教法人格を取り消すと発表しました。これに対しエホバの証人側が反対しているなどの報道がなされています6。
脱会者はどのような声を上げているのか?
マスコミによる報道では?
東洋経済オンラインでは「久美子さん」というエホバの証人二世信者が次のような証言をしています。詳しい記事はこちらを御覧ください。
組織から排斥されたことで、身近な親類の訃報すらも伝えてもらえなかった。
親孝行がしたい。それだけです。歳をとってきた母のことが心配なんです。
同じく、東洋経済オンラインでは「香さん」というエホバの証人二世信者が次のような証言をしています。詳しい記事はこちらを御覧ください。
「先日、5年ぶりに兄と会って食事しました。精神疾患を患う兄には家族の愛情が必要だったのに、両親は兄と会うことすらしません」
「たたかれたことに対して『ありがとう』と言わなければ、さらにたたかれる。泣きながら『ありがとう』と繰り返していました。苦しくても、子どもはそこで生きていくしかなかったのです」
「会衆のトップである長老を務めていた父親にとって、自分の家は模範家族でなければなりませんでした。兄が集会を何度も休んでいるのは、長老である父にとって具合の悪いことだったのです。だから父は兄を隠そうと、精神科病院に入院させたのです」
「担任の教師は『大学に行かないのはもったいない』と親身になってくれたのですが、理由が宗教であるとは言えませんでした。『もう勉強はしたくないから』『やる気がないから』と、うそをつくしかなかった。そう言いながら、心の中では泣いていました」
社会調査支援機構チキラボによる調査では?
社会調査支援機構チキラボによる1133人の実態調査に掲載されているエホバの証人の二世信者の声をご紹介します(『宗教2世』当事者1,131人への実態調査,チキラボ,2022年)。
非信者と仲良くしてはいけない、非信者と恋愛して
はいけない、非信者と性行為をしてはいけない、信者
との交際も 10 代の頃は禁止、信者との交際期間も 2
人きりで会ってはいけない、結婚前に性行為を行うこ
とは重罪で、それを行い悔い改めないものは会衆、家
族から追放され、忌避される。
教団の人全てから忌避されて、それまでの人間関係
が全てなくなった。
私は洗礼をうけていなかったので結婚相手は自由に
選べましたが、洗脳状態で 13 歳に洗礼を受けてしま
った2歳年上の兄(16 歳で宗教から離れました。)は一
般の方と 30 代で結婚した際、母から絶縁宣言を受け
て結婚式にも母はきてくれず何年も無視され続けてい
ます。とても理不尽な教えで今も悲しいです。
排斥処分を受け、無視されたので理不尽に感じた
エホバの証人のメンタルについての学術研究
ここまででエホバの証人の忌避の教理について脱会者被害者の視点から見てきましたが、学術的な研究ではどうなっているのでしょうか?いくらかの研究を見てきましょう。
エホバの証人脱会者の精神疾患に関する研究
1975年に英国精神医学雑誌(British Journal of Psychiatry)に発表されたオーストラリアの精神科医ジョン・スペンサー博士の研究では、西部オーストラリアの精神病院に入院した約7500人の全ての患者とうち50人のエホバの証人の信者とを比較して、エホバの証人の間に精神分裂病患者が一般人口の三倍、妄想型分裂病患者の数は一般人口の四倍に近い多さで見られ、これらの数字はカイ二乗検定で0.001の統計的有意差であったと結論しています(Spencer,1975)。
村八分がメンタルに与える影響についての研究
エホバの証人に関する研究ではありませんが、 2009年にAdvances in Experimental Social Psychology誌に掲載された忌避研究によれば、長期間の忌避が諦め感、疎外感、無力感を通じて抑うつに至るモデルを提示しています(Williams,2009)。※本研究は、一般的ないじめ、村八分、職場や学校での無視などの行為が被害者に与える影響を示したものであって、エホバの証人の忌避に関する研究ではありません。
エホバの証人のメンタルヘルスに関する研究
2009年にJournal of Health and Social Behaviorに掲載された論文によれば、末日聖徒やエホバの証人のような高コストな宗派で育ち、そこに留まる人々は、他の宗教的伝統で育ち、そこに留まる人々よりも自己報告による健康状態が良い一方、そのような宗派から離れた人々は、他の宗派から離れた人々よりも健康状態が悪いと報告する傾向があります(Christopher,2010)。
エホバの証人の忌避の教理がメンタルに与える影響に関する研究①
2019年にPastral Psychologyに掲載されたPadova大学(イタリア)のInes Testoni教授の論文では、14人の元エホバの証人への質的研究において忌避は死への不安、アルコール依存症、パニック発作、うつ病をしばしば引き起こす高いレベルの苦痛があることが確認されています(Testoni,2019)。
エホバの証人の忌避の教理がメンタルに与える影響に関する研究②
2021年にPastoral Psychology誌に掲載された論文によれば、脱会者へのオンライン支援グループなどに所属する事が有効であることを示すとともに、エホバの証人の排斥(教団による排除処分)が自発的脱会(断絶やフェードアウトと呼ばれる)よりもウェルビーイングに大きな影響を及ぼすこと、及び信者が排斥を経験した場合にその信者のエホバの証人への愛着が大きいと社会的・家族的な喪失に対処する力を阻害することが示されています(Ransom,2021)。
エホバの証人の忌避の教理がメンタルに与える影響に関する研究③
2022年にJournal of Religion and Healthに掲載された論文によれば、元エホバの証人の6名に対するインタビューを含む質的研究により排斥体験が精神的健康の低下と関連する可能性があることが示唆されている(Ransom,2022)。
エホバの証人の忌避の教理がメンタルに与える影響に関する研究④
最新の研究では、Pastral Psychology誌に掲載されたエホバの証人の質的研究も注目できる。この研究では10人の元エホバの証人にインタビューが行われ、忌避は精神的健康、仕事の可能性、人生の満足度に長期的かつ有害な影響を及ぼすことが示唆された。また、孤独感、コントロール喪失、無価値感などにもつながることが報告されている(Luther,2023)。
エホバの証人は脱会困難、その理由は?
様々な角度からの分析
教団は様々な角度から政治的・社会学的に分析されており、脱会が困難なカルトであるとされています78。以下の図は脱会が困難になるメカニズムの概略図であり、ここでは簡単に説明します。全ての用語は本資料に解説されているため、そちらを参考にしてください。
教団のメカニズム
まず、統治体は自らを「エホバの意思を受ける唯一の経路」であると神格化し、統治体に絶対服従する教理を正当化します。これは組織への批判をすれば排斥になる措置を伴うものです。さらに、組織に不都合なマスコミ報道などは「ウソ」であり、信者はこれを見ないように、信じないように指導されています(なお、この「見ない」「信じない」という指示も絶対服従の対象であり、そのようなニュースを見て教団内で見たことを口にすれば長老から指導され、悔い改めない場合には排斥される)。
会衆では上記教理を学習し、週2回以上の集会で培った濃密な人間関係のもとに相互監視が行われ、長老による口頭での指導が行われます。
排斥による制裁は「忌避」です。忌避は親子ならば絶縁、親子以外ならば無視をするように人間関係を断つ行為であり、信者は排斥による忌避を恐れて教団を脱会出来ないのです。以上を図式化すると以下の図の様になります。
エホバの証人のメンタル問題、世界各国での取り扱いについて
忌避の取り扱いに関して、他国の状況ではあるが、2022年12月、ノルウェーは、「忌避」という教理がこのような人道的な問題を生じることを理由にエホバの証人の宗教法人格を取り消すと発表しました。これに対しエホバの証人側が反対しているなどの報道がなされています9。
メンタル問題の背景にある「バプテスマ」
バプテスマって何?受けるとどうなるの?
バプテスマとは、正式な信者になるための儀式(洗礼)のことです。一定の教理を理解していることを長老が質問して確認したのち、認められるとバプテスマが行われます。以後、排斥又は断絶の手続を経ない限り、一生涯の成員として扱われ、排斥・断絶以外の退会手続きは存在しません。エホバの証人は洗礼は水に沈めますので、二世信者はカジュアルに「水没」とも言います。
バプテスマが人権侵害につながる理由
バプテスマは、深刻な人権侵害の最大の要因の1つになっており、特に若年者において顕著といえます。2世信者の場合、12,3歳でバプテスマを受けて正式に信者になります。そして一度正式な成員になってしまうと、極論すると、その後何歳になっても、信仰を失ったり、一般社会での通常の恋愛の範囲内であるが教理が禁じている性的行為を行ったり、タバコを吸ったり、教理を批判する情報を取り入れてその内容を公言したりすると排斥されます。そして、ひとたび排斥されると、それまでの信者の友人知人はおろか、信者である家族・親族からも忌避され、人間関係や家族・親族関係が永続的かつ決定的に破壊されるのです。
バプテスマがメンタルに影響を与える具体例
例えば、教団内の二世信者で一般的なのは10代前半でバプテスマを受けて教理に忠実に大学にも行かず、高校卒業後に開拓奉仕を始めて組織内で「模範的」とされて年を取ることです。年をとってから教理に疑問を持った場合には、バプテスマ以降、疑問を持った時まで会衆内で濃密な人間関係を築いている一方、一般社会との関わりは教団内で模範的であればあるほど希薄です。パートタイムの仕事を転々としているケースも多いです。当然、職場での人間関係は希薄であり、教団以外の人間関係やつながりを持っていなくてもおかしくありません。このような場合、排斥や断絶などで信者としての地位を失えば、社会とのつながりをほとんど失うことになります。このような巨大な制裁があることを十分に認識できる年齢に達しないままに二世信者がバプテスマを受けている実態があります。
エホバの証人、教団の措置は?
このような実態に対して教団は何も措置をしていません。反対に、教団は若い人でもバプテスマを受けることを推奨します。次に、監督的立場の長老や巡回監督はどうかと言えば、二世信者に対しバプテスマを受けるべきであると指導します。統治体への批判は絶対的タブーであり排斥事由であるため、監督的立場の人間もこれに従わざるを得ないからです(バプテスマを受ける基準に達しているかの判断はされるが、排斥・断絶による忌避の制裁についての説明はしない)。つまり、二世信者には、排斥・断絶による忌避という巨大な制裁を説明してくれる大人がいないのです。また、バプテスマを受ける同意年齢のようなものも教団は設定していません。大人になるにつれて本人の意思が変わることも考慮に入れません。そのため、教団内でバプテスマを10代前半で受けるのは極めて一般的な事になっている。
まとめ
調査の結果として今結論がつけられれることをまとめておきます。
①宗教はメンタルヘルスにおいてプラスの作用を与えることは一般的に知られていますが、エホバの証人についてもこれは例外ではないようです(現役信者で信じている人にはメンタル面でプラスの作用がある)。
②脱会者(脱会を試みようとする人)にとっては全く別の話になる。つまり、脱会前、脱会後に様々なメンタル面でのマイナス影響が生じることが、複数の研究結果、また証言から明らかになっています。
③エホバの証人は脱会が困難であると研究されています。これには「忌避」の教理が強く関わっており、忌避があるから抜けられない、忌避があるからやめると辛い構造にあるということです。
- 教団文書「生活と奉仕 集会ワークブック」,2017年4月,「不活発なクリスチャンを励ます」
- 脱会した宗教2世が「母に会えない」過酷な現実エホバの証人と出会い、家族がばらばらに,東洋経済オンライン,
- 『宗教2世』当事者1,131人への実態調査,チキラボ,2022年
- 脱会プロセスとその後 : ものみの塔聖書冊子協会の脱会者を事例に、猪瀬優理、「宗教と社会」2002 年 8 巻 p. 19-37
- 脱会プロセスとその後 : ものみの塔聖書冊子協会の脱会者を事例に、猪瀬 優理、宗教と社会2002 年 8 巻 p. 19-37
- Jehovah’s Witnesses Norway lose registration religious community
- 教団をカルトと指定した国についてはWikipedia参照
- 櫻井義秀,「カルト」問題と社会秩序 (2) : 脱会カウンセリングと信教の自由,北海道大学文学研究科紀要, 117, 109-157
- Jehovah’s Witnesses Norway lose registration religious community